特級呪物

ゆったりと巻かれたカシミヤのマフラーから覗く後れ毛が冷たい潮風に曝されてゆらゆらと靡いていた。
見ている俺の方が彼女の寒さを感じてしまい、ふっと、自然に出てしまった右手。
胸元の結び目の隙間を整えて、襟足のマフラーを立ち上げ、その序でに目の前にあったおでこにキスをした。
俺としては別段、取り立てて特別な事をした訳ではなかった海辺の散歩。
そんな、一時も過ぎてしまえばすっかりと忘れてしまうような些細な出来事が、
机に向かう夜半の彼女の日記には、とても思い出深いエピソードのように記される。

「ねぇ、これ、今日の日記、見てね。」

飾り気のない普通の大学ノートには、二人のその日の出来事が毎日毎日書き記され、それを検閲させられるかのように俺に手渡された。

それを読んだ後の俺の心境、感想や態度も追伸として書き残されて一日の出来事として締め括られる。

(すっと目の前に立たれて、胸元のマフラーの下に手を入れられた時に、えっ!こんな場所でおっぱいを触りたくなったのかな?って思って、ちょっと覚悟をしたけれど、あっ、なんだマフラーを直してくれただけなんだって解ったら、ちょっとガッカリ。
した次の瞬間に額に彼の唇が触れるのを感じた途端に、体がカッと熱くなってしまって、ちょっと濡れちゃったんだ。)

「えぇーっ、俺そんな事したんだっけ?
で、それで嬉ションを漏らしたの?」

(嬉ションじゃないもん、して欲しくなっただけだもん!)



カップルの同棲日記には、若気の破壊力がキラキラとちりばめられていて、神事のお焚き上げみたいな厳格な行事の時でなければ、とても葬る事などできない特級呪物を俺は今でも秘蔵してしまってる。
妖姫の念の籠った陽気な妖気が今も尚、時折俺を無量空処の領域展開の中に閉じ込めているんだ。


ジャンジャン。